2008年8月20日水曜日

 も は や 夢をさそう物語 に も ならない(古田博司氏)

これもおもしろいですねぇ~♪

>恥辱から生ずる、ストレスやコンプレックスの解消の素材

>北朝鮮による日本人拉致と韓国による竹島実効支配は、人間と領土という違いこそあれ、じつは朝鮮民族の日本に対する意識の地平においては同じものである

(ウィキ)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E7%94%B0%E5%8D%9A%E5%8F%B8

経歴を見るとソウル大学で十分理解し、もう関わらないよ!と決めたようにも見えます。

でも、もう「韓国(朝鮮人)にはまってしまった」ようで、本をいくつも出されていますね。

で、最近は日本を再度見直し始めた?



動物園で一番面白いのはサル山です。
長く見ていても飽きません。
でも、自分がその中に入ってしまったら大変です。
でも、一旦外に出たら、その酷い目にあったサルと自分が距離を置けたら、なんとなく愛着わいちゃうんです。
で、
そのうち、人間をも振り返るようになったりする。
↑今ココ♪っすかね?


>2000年 現代韓国朝鮮学会事務局長(-2002年)
ここでは何かあったんでしょうかね♪

>1980~86年 ソウル大学師範大学院国語教育科に留学。その間、延世大学・漢陽大学などで日本語講師を6年間務める
ここでは何があったかある程度は見当つきますがwでも、その見当だって「知韓常識」程度なので、その斜め上を行ってくださるとは思いますが!!



>人間は理性にのっとっていれば、普遍的な価値観を共有でき、国際正義に基づく解決が当事者間の紛争を未然に防ぐのだというモダンな理想は、「後近代(こうきんだい)」の現代では も は や 夢をさそう物語 に も ならないのではないだろうか

ここが主題でしょうね。
対朝鮮人に限らず、他国人全てに対しても「今まで見たいな妄想はもうやめろや」と。

いい人ごっこ、は通用しないということを十二分に理解できるくらいに被害を被ったのを理解していないのか?
っつーことでOKですか?


非常に面白いので、全文UPさせていただきます。http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/column/opinion/171326/

≪拉致と竹島支配の共通性≫
 言いにくいことだが、北朝鮮による日本人拉致と韓国による竹島実効支配は、人間と領土という違いこそあれ、じつは朝鮮民族の日本に対する意識の地平においては同じものである。
それは、日本の主権を侵して奪い去ってやったという彼らの「復讐(ふくしゅう)のカタルシス」に由来するものであり、過去の被植民地化という恥辱から生ずる、ストレスやコンプレックスの解消の素材であり続けていると言わねばならない。

 ここに彼らがこのカタルシスを手放すことがなかなか難しい原因があると思われる。
 ならば韓国相手の竹島の方は、国際司法の場で民主的に決着をつければ良いではないかと、人は言うかもしれない。
しかし、国際社会というのは本来アナーキーなもので(そりゃそうですね)、出てこいと言われて、負けると分かっている法廷に、のこのこと出かけていく者もいなければ、召喚を命令できる明確な主体も存在しない。 

人間は理性にのっとっていれば、普遍的な価値観を共有でき、国際正義に基づく解決が当事者間の紛争を未然に防ぐのだというモダンな理想は、「後近代(こうきんだい)」の現代ではもはや夢をさそう物語にもならないのではないだろうか。


≪「反日のうねり」に転化せず≫
 ここのところの中学社会科の新学習指導要領の解説書における竹島問題をめぐる韓国民の反応も、日本の一部マスコミの期待にもかかわらず、1980年代のような大きな反日のうねりには転化しなかった。
韓国でも よ う や く 後近代が本格化 し つ つ あり、誰かが普遍的な価値観をになって人々を扇動できるような時代がもう終わったということなのである。
(違うと思うw「日本好き」が増えてきただけだとw だいたい「進化」できるわけが無い♪)

 すでに手に入れているのだから、なにを騒ぐ必要があるのかと、効率性をまず考えるのがポストモダンな生き方というものである。
だから韓国政府は実効支配が完璧(かんぺき)だという政治的パフォーマンスを演じればそれで済むのだろう。 

しかしこのような後近代の情況は、韓国民のモダンな物語をも確実に切り崩さずにはおかない。
たとえば、韓国が日本に強要し続けた「正しい歴史の認識」がそれである。
じつは現在の歴史記述に関連する教科書では、国定のもの以外に検定数種がすでに多彩に使われているのが現状となっている。

 中学校の社会では9社10種類、高校の韓国近・現代史では6社6種類、世界史は3社3種類があり、19種類もの「正しい歴史の認識」がゆるい検定下で別に存在するという矛盾が生じている。
 この事実に気づいているのか、教科書の中には す で に 開 き 直 っ た 記述も見られ、「我々の歴史を正しく見るということは重要なことだ。問題はどのようにすれば我々の歴史を正しく見られるかという事実だ」(『高等学校 世界史』教学社)と、自己の失政の歴史をも正しいものと認識したいという、 意 欲 あ ふ れ る 教科書まで登場している。


≪先祖批判を許さない儒教≫
 これらすべてを精読したところ(お疲れ様っす!!)、 実 り あ る 知 見 を 得 た のでここで紹介しておきたい。

それは彼らが何故(なぜ)これほどまでに自らの歴史を正しいものとしたがるのかという根本の動機である。
管見ではそれは、「儒教道徳上、失敗した先祖を非難することができない」という 伝 統 的 で 圧 倒 的 な プ レ ッ シ ャ ー によるのだと思われるのである。

 そのカタルシスのためには、たとえ植民地化されるという「失政」を犯そうと、自らの先祖は絶対に正しいことをしたと言わなければならない。

 そのような儒教的な考えがどんなに偏狭であることか、それは彼らの世界史関連の記述を見ればよく分かる。
20世紀は列強による植民地化の時代であったが、韓国人は多くの歴史教科書で平然と被植民地諸国を 見 く だ す のである。
 「東南アジアの諸国は次第にヨーロッパ強大国の原料供給地と植民地に 転 落 した」のであり、「エジプトは英国の保護国に 転 落 した」し、「インドは英国の原料供給地と商品市場に 転 落 した」と、記述する。

 しかし、自分たちに関しては、そうは言いたくない。「朝鮮は日本の植民地支配を受けることになった」のであり、「日帝は朝鮮の国権を侵奪した」のだと、他国に押しつけようとする「転落」歴史観から、自分たちだけは絶えず逃れ出る記述をこころみるのである。

 敢(あ)えて厳しい見方をすれば、拉致問題も、竹島問題も、歴史教科書問題も彼らの卑小なるカタルシスが根にある。
ゆえに、すべての解決は彼らの謙虚さと自省から始まるのでありそのような作業は少数だが 心 あ る 韓国人の間から、すでに曙光(しょこう)の よ う に 輝き始めているもの と 私 は 見 て い る。 (ふるた ひろし=筑波大学大学院教授)



最後の
そのような作業は少数だが心ある韓国人の間から、すでに曙光(しょこう)のように輝き始めているものと私は見ている

これも、皮肉ですよね?

少数
心ある
間から
曙光
ように
始めて
ものと
私は
見て

ずいぶん心もとないっすもんね♪
47文字中、23文字から心もとなさが現れてますが、、、




いやー、この方の本を読むのは難しいことでしょう。
いたるとことにこのような言葉の意味を思いっきり込めて全力で執筆されたことでしょうから。
私のような読者はそっちばかり追い求め、本全体の趣旨を捉える機会は容易に訪れないと思います。






PS.

>過去の被植民地化という恥辱から生ずる、ストレスやコンプレックスの解消の素材

ここに、現在のことは書いていませんね?
現在の経済力、国力、人気、その他もろもろ日本に敵わない全部が朝鮮人のコンプレックスの素になっていますね?
そんなこと私に言われるべくも無くご存知なのに書かなかったというのは、

>人間は理性にのっとっていれば、普遍的な価値観を共有でき、国際正義に基づく解決が当事者間の紛争を未然に防ぐのだというモダンな理想は、「後近代(こうきんだい)」の現代ではもはや夢をさそう物語にもならないのではないだろうか。

やはりココを主題とするためだということだったのでしょうか。




【移民反対】 署名のお願い!! 【根本を考えよう】
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http://www.iza.ne.jp/jump/http%253A%252F%252Fwww.shomei.tv%252Fproject-59.html
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なかのひと

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